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東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2118号 判決 1963年5月28日

判   決

東京都品川区大井森下町四〇一三番地

申請人

鈴木文雄

右代理人弁護士

大塚一男

谷村正太郎

同都大田区東六郷一丁目三九番地

被申請人

京浜電測器株式会社

右代表取締役

刈込孝

右代理人弁護士

永津勝蔵

右当事者間の昭和三七年(ヨ)第二一一八号地位保全仮処分命令申請事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

申請人が被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判。

申請代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、被申請代理人は、「申請人の申請を却下する。裁判費用は申請人の負担とする。」との判決を求めた。

第二  申請の理由

1  申請人は、昭和三一年一一月一日被申請会社に解雇され、資材課に勤務していた。

2  被申請会社は、昭和三七年二月八日申請人に対し、申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

しかし、申請人には、被申請会社から懲戒解雇をうける理由はなく、それは、解雇権の乱用であり、当然、無効である。

3  それで、申請人は、右解雇の無効確認を求める本訴を準備中であるが、本案判決確定を待つては、労働者たる申請人の生活に回復しがたい損害をうけるので、本申請に及んだ。

第三  申請理由に対する被申請人の答弁と主張

1  申請理由一の事実と同二の申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をした事実を認めるが、同二のその余の主張を争う。

2  申請人に対する本件懲戒解雇の事由は、次のとおりである。

(一)  申請人は、昭和三五年三月頃、被申請会社従業員で組織する全国金属労働組合東京地方本部京浜電測器支部(以下、組合という。)の青年婦人部長の地位にあつたとき、同組合が共立印刷株式会社へ支払うべき、印刷代金一万五〇〇〇円を費消横領した。

(三)  さらに、申請人は、昭和三六年七月頃から同年九月頃までの間、同組合が申請外ホライ薬品商会へ支払うべき薬品代金七、二〇〇円を費消横領した。

(三)  申請人は、同年一二月二一日被申請会社の取引先である佐藤塗料店からオート用ワツクス一鑵(金二六〇円担当)を私用に買いうけた折、右塗料店をして被申請会社がその買受人であるかのごとく誤信せしめて、被申請会社宛の右納品書を提出せしめたため、被申請会社は、これを買掛代金としてその仕入帳に記入した結果、右商品代価相当の損害をうけた。

(四)  申請人は、被申請会社従業員がその福利厚生のため利用していた日本信用販売株式会社発行のクーポン券を同会社から、必要以上に発行を受けては、その入質をくりかえし、また、被申請会社の他の従業員から多額の金員を借用し、いずれも、速かに返済しないため被申請会社の信用を傷つけるとともに、他の従業員にも迷惑をかけた。

(五)  申請人は、上司はじめ関係人からその生活態度を改めるよう注意されても、常に、反抗的態度を持した。

そして、右、(一)、(二)の行為は、被申請会社の従業員に対する懲戒事由につき定めた就業規則第七六条第一一号に、右(三)の行為は、同条第一〇号に、右(四)、(五)の行為は、同条第五号に該当するから、同規則第七七条を適用し、原告を懲戒解雇に付したのである。

よつて、本件解雇が被申請会社の懲戒解雇権の乱用によるものでないことは明かで、本件申請は却下を免れない。

第四  被申請会社の主張に対する申請人の反論

1  被申請会社が本件懲戒解雇の事由に該当する申請人の行為として主張する第三の2の(一)記載の事実のうち、当時申請人が組合の青年婦人部長であつたことは認めるがその余の事実は争う。申請人は、組合の申請外共立印刷株式会社に対する印刷代金の支払をいくらか延引したことがあるに過ぎない。しかも、申請人は、組合執行部から注意をうけるや、その三日後には、右印刷代金の全額の支払を了し、以後注意することを誓約し、執行部もこれを了承して、すでに当時事は円満に解決済みである。

同(二)記載の事実は争う。申請人は昭和三六年春頃中竹から依頼され、ホライ薬品商会からグロンサンを仕入れ、被申請会社の従業員に販売していたところ、同年九月頃右グロンサンの売買は組合が行なうことになつたが当時申請人の従業員に対する売掛代金の回収が遅れていたため、右商会に対する仕入代金も未払となつていた。そこで、その頃申請人は、右商会との間に、未払仕入代金は、申請人が従業員から売掛代金の全額を回収した際に、支払うことを協定し、その後同年一二月九日右仕入代金を完済したのであつて、真相は、被申請会社主張のような事実関係とは全く異る。

同(三)記載の事実のうち、申請人が昭和三六年一二月申請不外佐藤塗料店からオートワツクス一鑵を買入れ、同店がその納品書を被申請会社あてに差出したことは認めるがその他の事実は争う。申請人は、申請外佐藤時弘からオートワツクス購入の依頼をうけたので、被申請会社の取引先である佐薬塗料店に発注し、同店から配達された現品を佐藤時弘に手渡したが、右塗料店々員は誤つて被申請会社あての納品書を、申請人の知らない間にさし出した。申請人は、翌年一月一八日被申請会社資材課長の呼出をうけ、始めて、その手ちがいを知り、同日、直ちに、右代金を右塗料店に支払つた。

同(四)記載の事実のうち、申請人が、日本信用販売株式会から同会社のクーポン券の発行を受けたこと、被申請会社の従業員から少額の金銭を借受けたことは認めるが、その余の事実は争う。右借受金は、本件解雇当時、そのほとんどを返済していた。

同(五)記載の事実は争う。

以上のとおりであつて、被申請人の右(一)及び(二)の行為は組合の内部問題で、あつて、対外的に、被申請人会社の従業員としての体面を汚したことにはならないし、しかも、事は円満に解決済みであり、右(三)の行為は、被申請会社になんらの損害も及ぼさないし、右(四)の行為も、被申請会社の職場の秩序を乱したことにならないから、申請人の行為には、被申請会社が主張するような懲戒事由に該当する事実はない。

仮に、そのような事実がいくらかでもあつたとしても、それは、申請人の軽微な過失に基づく、とるに足りない事柄であるから、懲戒処分のうちでも最も重い解雇には全く不相当である。以上いずれにしても、本件解雇は、懲戒解雇権の乱用であつて、無効である。

第五  疏明(省略)

理由

一  申請人が昭和三一年一一月一日被申請会社に雇傭され、その資材課に勢務していたところ、被申請人が昭和三七年二月八日申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  それで、被申請会社主張の懲戒解雇事由の有無について、以下に判断する。

1  (被申請会社主張の懲戒解雇事(一)由について)(疎明―省略)によると、申請人が昭和三五年三月頃、その属する全国金属労働組合東京地方本部京浜電測器支部(以下組合という)から、同組合が申請外共立印刷株式会社へ支払うべき同組合の機関誌「あゆみ」の印刷代金の支払を委託されて、右代金一万二、〇〇〇円を預り保管中、その頃ほしいまゝに費消横領したことが認められる。

2  (同懲戒事由(二)について)証人(省略)の証言中には被申請会社主張にそう供述があるが、右供述部分は、その成立について争いのない甲第五号証や申請人尋問の結果にてらして、信用することができず、他に右(二)の申請人の横領行為を認めるに足りる疏明がない。

3  (同懲戒事由(三)について)当事者間に争いのない事実と(証拠―省略)によると、資材課勤務の申請人が昭和三六年一二月二一日同僚の佐藤時弘の依頼により、同人のため被申請会社取引先の佐藤塗料店からオートワツクス一缶(代金二六〇円相当)を個人的に買い受けたが、被申請会社をしてその代金を支払わせようとして、佐藤塗料店にも、被申請会社にも右買受けが個人的なものであることを告げなかつたため、同店は被申請会社あてに納品書を提出し、これを受け取つた被申請会社は、同会社が右オートワツクスを買受けたものと誤信し、同会社の仕入帳にその旨を記載したことが認められ、右認定に反する証人(省略)の証言や申請人尋問の結果の一部は信用できない。しかし、(疎明―省略)によると、被申請会社が、佐藤塗料店から代金支払の請求を受ける以前に調査して、右事実を知り、昭和三七年一月一八日申請人を詰問した結果、申請人が即日佐藤塗料店に右代金を支払つたことが認められるのであつて、被申請会社が申請人の前記行為により、損害を被つたと認めるに足りる疏明がない。

4  (同懲戒事由(四)について)(疎明―省略)によると、被申請会社の従業員が日本信用販売株式会社と契約し、同会社から生活用品購入のためのクーポン券の発行を受けていたが、申請人は、これを物品購入のため利用しないで、しばしば入質していたこと、申請人は、昭和三五年一二月三〇日頃、当時の被申請会社総務部長大坪進から三万円を、昭和三六年一二月二七日同総務部長横山末広から五万円を、いずれも、他の借金返済のために借受け、又同会社従業員大関伝次郎から、二、三回にわたり毎回二、三〇〇〇円程度を借受けたことが認められ、右認定に反する証人(省略)の証言部分は信用することができない。

5  (同懲戒事由(五)について)(疎明―省略)によると申請人が申請会社製造部長の桜井松太郎や同総務部長の大坪某からその生活態度を改めるよう注意を与えられたことを認めることができるが、その折、申請人が反抗的態度を持したこと、さらにその結果、申請人が職場の秩序を紊したことを認めるに足る疏明はない。

6  以上認定の事実によると、前示1の申請人の行為は、明らかに刑法上の犯罪行為にも当るのであつて、成立に争のない乙第八号証及び証人(省略)の証言によつて認められる本件解雇当時施行の被申請会社就業規則中、従業員に対する懲戒事由につき定めた第七六条第一一号の「不当不義の行為をして従業員としての体面を汚したもの」に該当し、また、前示3の申請人の行為は、申請人が業務上被申請会社を欺いて、同会社に損害を与えようとした行為であるから同条第一〇号の「業務上会社を欺く等故意又は重大な過失により事業上の損害を与えた者」に準ずるものとして、同条第一三号の「その他、前各号に準ずる程度の不都合な行為のあつたもの」に該当する。しかし、前示4認定の申請人の行為は、素行不良といえないことはないが、そのため被申請会社の職場の秩序を乱したものと認めるに足る疏明はないから、同条第五号の、「素行不良で職場の秩序を紊した者」に該当するものと認めることはできない。

三  ところで、被申請会社は、前示就業規則七七条に、「懲戒は譴責、減俸、解雇とする」と規定し、軽重三段階の懲戒処分を定めているが、かゝる場合、使用者が非行のあつた労働者に対しいずれの懲戒方法を選択するかは、元来、使用者の自由な裁量に委ねられている。しかし、使用者のこの点に関する判断は、つねに、懲戒処分の対象となる非行の程度に応じ、客観的にその裁量の限界を著しく逸脱したものでないことを要し、ことに、使用者が懲戒解雇処分を採択するためには、現下の労働経済情勢の下では、一般に、懲戒解雇処分をうけた労働者の生計が直ちに重大な障害をうけることはもちろん、退職金請求権を失い、再就職の機会すら困難となるものと認めなければならないので、その労働者を企業から排除しなくとも企業の秩序を維持することができる程度の非行に対する場合に懲戒解雇処分をもつて臨むことは懲戒権の濫用として許されないものと解すべきである。

本件の場合、申請人の前示二の1の横領行為は本件懲戒解雇の時から約二年前のことであるばかりでなく、(疎明―省略)によると、当時共立印刷株式会社から印刷代金の支払催促を受けた組合の執行委員会が申請人に対しこのことを注意するや、申請人は、直ちに、他から金策して右印刷代金の全額を支払い、組合の執行委員長あてに謝罪状を差入れて、その非を詑び、以後再びこのようなことを繰り返さないことを誓約したので、執行委員会もこれを了解し、事は、執行委員会限りで処理され、一般の組合員に対しては公表されることもなく、既に解決済みであることが認められる。また、申請人の前示二の3の「不都合行為」は、その性質は必ずしも軽視することはできないが、既に述べたところによつて明かなように、被申請会社が被る虞れがあつた損害の額は僅少であるばかりでなく、申請人は、被申請会社から、このことについて詰問を受けるや、即日自ら佐藤塗料店に対してオートワックス代金を支払つたのである。

以上、諸般の情状を酌量すると、申請人の前示非行は、申請人を被申請会社から排除しなければ、企業の秩序が維持することができない程に重大であるとは認められず、これについては、申請人を譴責、減俸の懲戒処分に付するならば格別、直ちに懲戒解雇をもつて臨むことは、懲戒権の濫用であるといわなければならない。従つて、本件解雇の意志表示は、懲戒権の濫用して、無効であり、申請人が被申請人に対し、なお、現に、雇傭契約上の権利を有する地位にあることは明かである。

四  そして、申請人が右の地位を保有する旨の本案判決の確定をまつては、労働者として、その生活に回復しがたい損害をうけることは、被申請人において明かに争わないばかりでなく、弁論の全趣旨に徴して、明かであるから、本件仮処分命令の必要があるものということができる。

よつて、本件申請を理由あるものと認め、申請費用について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

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